2011年01月13日

私たちの中の伊達直人



私たちの中の伊達直人



 新年を迎えての明るいニュース一番は、タイガーマスクこと伊達直人ですね。多くの人たちの心に灯をともし、暖かくしてくれた話題です。もっともっと、日本中のいたるところに、伊達直人が現れてくれるといいですね。



 親切な人たち、善意に溢れた人たちがたくさんいたのです。ただ、多くの伊達直人は、いままで、親切を上手に表現できなかった、善意をどこに持って行ったら良いのか分からなかったようです。それがひとりの伊達直人の行動に励まされて、暖かい輪となって広がり続けているわけです。



 ニュースを聞くまでは、自分の中にいた伊達直人に気付いていなかったり、気付いていても照れくさかったり、恥ずかしがったりしていた人もいたはずです。こんな小さなことはと、無視しようとしていた人もいたことでしょう。でもひとりの伊達直人に揺り動かされて、たくさんの伊達直人さんが目覚めたのです。



 ある評論家は、これを機会に「伊達直人基金」のようなものを作れば良いと言っていました。それもまた良いかもしれません。でも今回のできごとは、そのような組織とかシステムをまったく離れた、ひとりの人として、あくまでも匿名で善意を表現しようとしたところが、大切だと思うのです。日本人のゆかしさがにじみ出てきた感じです。



 寄付行為が、国民全体に広く行き渡っている国は、アメリカだと言われています。詳しいことは覚えていませんが、確かアメリカでは年間30兆円近いお金が寄付されているはずです。国民一人当たりに換算してもおよそ13万円前後、日本の50倍ほどになる計算です。物知りの評論家が、アメリカにはキリスト教精神が浸透しているからだと、コメントしていました。



 なるほどと思うと共に、「え! どうして?」と、不思議に感じます。人の親切心や善意は、キリスト教がどうのという以前の話のようにも思うからです。それらは宗教や人種や文化によらず、すべての人の中にあるはずです。キリスト教徒ではない日本人の中にも当然あるのです。



 ただ日本人の場合、それが上手に引き出されていないというか、それを積極的に表現するように、励まされていないと言えるかもしれません。アメリカにはキリスト教会が多く、人々の心の背景には聖書の教えがあります。それが、心の底にうずもれていた親切や善意を、積極的に表現させているのだと思います。
 


 確かに日本人の間では、寄付行為に対する理解が不足しているのは事実のようです。まず、どこに寄付したらよいのかわかりません。反対に少しばかり知ると、募金したものの多くが事務費や人件費に使われてしまい、実際に必要としている人たちに届けられるのは半分に満たないとなどという、効率の悪い募金団体があることも分かってしまい、せっかくの善意もしぼんでしまうことになります。



 だから逆に伊達直人が現れたとも言えそうです。伊達直人のしたことは、ほとんど、100パーセントが目的の通りに使用されるのです。しかも、自分が遣った親切をそっと見届けることができるわけです。ランドセルを背負った子どもが、元気に通学しているのを見ることができるのです。どこの誰に行ったのか分からないものとは違うのです。



 良くても悪くても、キリスト教文化が根付いているアメリカでは、政府の税制にも大きな影響を与えています。寄付をすると、その分が税金から控除される仕組みになっているのです。収入の50パーセントまでは、寄付をすると無税になるはずです。それが、ほとんどの国民の常識になっていて、寄付をした場合、寄付先から領収書を貰っておくわけです。ですから、この場合匿名ということにはなりません。とは言え、多くの国民が寄付をしているのですから、あまり匿名にする必要がないのかもしれません。


 
 アメリカには「金儲けすることが悪いのですか?」と、かつて村上ファンド事件を起こして逮捕された、村上世彰さんが言ったようなことを言う人もたくさんいます。でも、お金持ちになった人の社会的義務と言う考え方があって、財産のほとんどを寄付する人も珍しくありません。世界一の金持ちになったビル・ゲイツも、第二の金持ちになった何とか言う人も、相次いで、その財産の大部分を寄付したのも、数年前の出来事です。芸能人やスポーツ選手といった有名人の多くも、そのような社会貢献をしてこそ「本物」と認められるわけです。



 日本でも・・・・・・記憶が定かではありませんが、寄付をしたならば税金が控除される制度になっているはずです。たしか、収入の40パーセントから手数料のようなものを数千円引かれた額が、無税になる仕組みであったと思います。でも、そんなことを知っている人はほとんどいません。要するに、まだ国民の間に浸透していないのです。それでいながら、日本人の寄付による国際貢献は、広く認められているところです。たとえば、フニセフなどへの資金は、日本が一番多く出しているはずです。



 日本人の心も人間として温かく、善意にあふれているのです。それを、これからもどんどん表現して行けたら素晴らしいですね。神様が人間をお造りになったとき、人間を神様ご自身の姿に似せてお造りになったと、聖書は教えています。つまり私たちには、始めから神様の愛、親切、善意、優しさなどの性質を与えられているのです。それを大切に用いていくのです。



 プロテスタントの主要な神学では、人間の完全な堕落を教えます。人間は神様の前にまったく価値を持たないものになったという、事実を強調するわけです。それは間違いではありません。人間は神様の前にまったく価値を失ったにもかかわらず、神様は一方的に、無条件に人間を愛し、救ってくださるのです。人間にいくらかでも価値があるからではありません。



 ただし、無価値になってしまったというのは、最初に神様に似せて作られた性質を、すべて失ってしまったことではありません。人間には神様の性質に似せて作られたものがまだ残っているのです。それを大切に輝かせるのが、人間のあるべき姿です。それは救いに至らせる「善」とか「義」にはなりませんが、神様が正しく裁いてくださる「異邦人の良心」なのです。(新約聖書ローマ人への手紙2:12〜16) 救いには無価値であっても、神の正しい裁きの前に価値のあるものです。


 
 神様は伊達直人を喜んでくださいます。もしもこの文を読んでくださっているあなたがクリスチャンならば、イエス様は、これらの小さな者のひとりにしたのは、私にしたのであるとおっしゃってくださることに、注意をしましょう。(マタイの福音書26:31〜46)


 私たちの中の達直人を呼び覚ましましょう。











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2011年01月12日

いま日本人で一番愛されている歌




 売り上げベストテンだとか、レコード大賞だとか、日本人に愛されている歌が話題になり、歌い手たちが注目を浴びています。



 ところが、このようなところでは決して話題にならないけれど、いま日本で一番愛されている歌は、「アメイジング・グレイス」ではないかと思うのですが、いかがでしょう。テレビを見ていると、ずいぶんたくさんのコマーシャルのバックミュージックに使われています。ドラマやドキュメンタリーを見ていると、しばしばこのメロディが流れてきます。ちょっとしたイベントを覗くと、この曲が用いられ、この歌が歌われています。色々な歌手が折に触れて、この歌を歌っています。このような歌は、他にはないと思います。



 あの、どことなく哀愁を帯びた美しいメロディが、日本人の心に合うのでしょうか。しかもこの歌は、タイトルが示すように、もともと日本の歌ではなく、240年ほども前にイギリスで作られ、1800年代のはじめころに、広くアメリカで歌われ始めたものです。



 ほとんどの日本人は、この歌の意味を知りません。もともと英語の歌ですから無理はないと思いますが、どうしても英語で歌いたい歌のひとつです。英語の意味が分かるとこの歌が何倍にも素晴らしいものになるからです。また、この歌の由来、できた背景、作者の物語などを知ると、さらに、さらに素晴らしい歌になります。日本語に直すともとの意味の半分も表現できてなくて、まるで気の抜けたビールのようになってしまうのです。そのため私も、日本のクリスチャン歌集に入っているものは、滅多に歌いません。



 この歌を作ったのは、18世紀の後半にイギリスで活躍したジョン・ニュートンという人物でした。若い頃の彼は、それこそ手に負えない「ワル」で、ついには奴隷船の船長にまでなって、アフリカの象牙海岸で捕らえた黒人たちをポルトガルに売りさばくようになりました。多くの黒人たちが過酷な取り扱いの中で死んで行きました。彼自身もまた死ぬような目に遭いましたが、そのような惨めな体験を重ねる中で、彼の心の眼が開かれ、神を求めるようになったのです。その後、彼は回心してクリスチャンになっただけでなく、牧師にまでなり、多くの人に神の救いを伝える中、たくさんの歌を作ってクリスチャンたちに歌わせたのです。アメイズイング・グレイスはその中のひとつです。



 この歌の中には、彼自身の体験が歌われています。どうしょうもない惨めな罪人が神の恵みにより、信仰によって救われ、神の愛を深く感じ、喜びにあふれているありさまが・・・どちらかというと、粗野な言葉の中に力強く歌われています。彼はあまり教育を受けていなかったために、洗練された歌を作ることができなかったのでしょう。でも、それが多くの人の心を打ったのです。



 この歌が、最初、どのようなメロディで歌われたのかは不明です。その当時の歌集には曲が付いていなかったためです。でも、いろいろなメロディで歌われていたことだけは分かっています。この歌が当時のイギリスでとても大きな力を発揮し、イギリスの奴隷売買禁止に大きく貢献したことも知られています。



 彼が最初に書いた歌は、現在残っていません。彼の死の前に出された歌集でも、言葉が少しばかり変化していますし、その後、いろいろな土地の教会で、歌う人たちによって自由に変えられたために、現在ではいくつもの歌詞があります。ただ、よほどのことがない限り、最初の意味、精神、心というものが引き継がれているように思います。ちなみに、いま見つけることができるもっとも古いもので、彼が死ぬ前に出された歌集にある歌詞を引用しておきます。


    Amazing grace! (how sweet the sound)
        That sav’d a wretch like me!
      I once was lost, but now am found,
        Was blind, but now I see.


    ’Twas grace that taught my heart to fear,
        And grace my fears reliev’d;
      How precious did that grace appear,
        The hour I first believ’d!


    Thro’ many dangers, toils and snares,
        I have already come;
      ’Tis grace has brought me safe thus far,
        And grace will lead me home.


    The Lord has promis’d good to me,
        His word my hope secures;
      He will my shield and portion be,
        As long as life endures.


    Yes, when this flesh and heart shall fail,
        And mortal life shall cease;
      I shall possess, within the veil,
        A life of joy and peace.


    The earth shall soon dissolve like snow,
        The sun forbear to shine;
      But God, who call’d me here below,
        Will be forever mine.


 現在の英語の歌詞をご存知の方なら、「あれ!?」と思われるかもしれません。いまは、この歌詞で歌われることはほとんどありません。



 ところで、多くの日本人が愛しているこの歌のメロディもまた、多くの変遷を遂げながら、今のものになったのです。一般にこの曲はゴスペルだとか、古い言葉では黒人霊歌(Negro Spiritual)などと呼ばれていますが、本物の黒人霊歌とは少々違うところがあります。まず歌詞自体が、黒人ではなく白人によって書かれたものです。さらにメロディもまた、黒人ではなく、南部に住んでいた黒人たちと付き合いの多い白人たちによって、広められたと考えられるからです。



 日本に来ているアメリカ人の中には、アメイズイング・グレイスがコマーシャル・ソングに使われているのに、不快感を持つ人たちがたくさんいます。「どうして?」と聞くと、「君が代がアメリカでコマーシャル・ソングに使われたら、日本人はどう感じるか?」と聞き返されて驚いてしまいました。それほどこの歌は、黒人白人の枠を超えて、アメリカ人の心の歌になっていたのです。



 この曲を作った人が誰であるかは、知られていません。少なくてもアメリカのフォーク・ソングではありません。イギリスの曲に似ているものがあると言われていますし、そのメロディでアメイズイング・グレイスが歌われていたこともあるようです。でも、それをもって、現在のアメイズイング・グレイスの原曲とするのにも無理があるようです。



 はっきり分かることは、この歌が、黒人霊歌と非常に似ているということです。黒人霊歌を作った人たちの多くは、象牙海岸からアメリカに売られた人々でした。彼らの背景にはアフリカ的な、というより、象牙海岸的な音楽が、故郷のメロディ、あるいは故郷の旋律としてあったわけです。ジョン・ニュートンが売買した黒人奴隷も故郷を同じにしていました。多分、そのような黒人たちの心の旋律が、アメイズイング・グレイスの歌詞で黒人たちの間で歌われ始め、それが、黒人たちとの付き合いを持っていた白人たちにも愛され、黒人霊歌というよりは、「黒人・白人」の線を越えた「霊歌」として広まったのではないかと思われます。



 残念ながら、日本語で「アメイズイング・グレイス」と入れて、ネットで検索しても、たいした内容のある記事には行き当たりません。英語で、「Amazing Grace」と入れて検索すると、とてもたくさんの記事が出てきます。中には非常に良く書かれているものもあります。「Amazing Grace History」と入れると、もっとよいかも知れません。 英語を読むことができる方は是非試してみてください。



 「誰が歌ったアメイズイング・グレイスがすきか?」と聞かれると・・・・・たくさん挙げなければなりません。日本人も含めて、百人以上のを聴いていますので。You tube で探すと、100くらいは載っているかも知れませんね。いま、私が「いいな」と思って聴く中のひとつは、ウインツレイ・ヒップスという人の歌です。聴いてくださいますか。 ネットで、  「Wintley Hhipps Amazing grace 」と入れて検索してみてください。









posted by まさ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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